ボンカレーの生みの親・大塚明彦さんと昭和の思い出 [ニュースネタ]
ボンカレー生みの親・大塚明彦さんが死去されました。
「オロナミンC」や「ポカリスエット」などのロングセラー商品を
販売している大塚ホールディングス(大塚HD)の会長さんです。
2014年11月28日。
77歳でした。
ご冥福を心からお祈り致します。
「ボンカレー」と言えば、レトルト食品の代表作です。
最高傑作と言っても過言ではないでしょう。 (^O^)
もともとはNASA(アメリカ航空宇宙食)がアポロ宇宙飛行士
の宇宙食のために研究していたレトルトパックにヒントを得て、
考案されたというのは有名なお話です。
昭和39年生まれの僕は、このボンカレーこそが生まれて初めて
自分で作ることのできた料理でした。
そういう意味では大塚明彦さんには本当にお世話になりました。
鍋にお湯を入れて沸騰させただけなので、
“料理”と呼ぶのもおこがましいですね。 σ(^_^;)
当時のこどもたちにとって、カレーライスは大人気。
小学校3年生だった僕は、このレトルトカレーをほおばりながら
ブラウン管テレビに映し出される大相撲中継に釘付けとなってました。
輪島の大ファン。北の湖が憎らしいくらい強かった時代。
ですからボンカレーと言えば、懐かしい昭和の古き良き時代を思い出します。
CMを振り返ってみましょう。
まずは女優の松山容子さんが真っ先に思い出されます。
といっても、彼女がドラマに主演しているところは見た記憶が
ありません。
出演しているのって、もしかしたらこのCMだけだったのでは
ないでしょうか?
(もちろん、そんなワケないでしょうが (≧∇≦))
この松山容子バージョン
パッケージにニッコリ微笑む彼女の写真を配したボンカレー。
実は、平成になって四半世紀以上経過した21世紀のいま現在、
普通に販売されているって、ご存知ですか?
沖縄限定販売らしいのですが、
国際通りや牧志公設市場の商店街では観光みやげとして
店頭に並んでいるのを見かけます。
ただし、こちらは観光客相手のお値段なので、やや割高です。
イオンなどのスーパーにはもう少し安く販売されてました。
大人買いするにはこちらがオススメです。 (^_^)v
沖縄土産としてはちんすこうやサーターアンダギーが定番中の定番
ですが、この沖縄限定販売のボンカレーを持ち帰りますと、大ウケ
します。
特に昭和世代の上司には評判がいいはずですよ。
ボーナス査定のポイントがアップするかも知れないですね。(^O^)
沖縄へ行かれた際にはぜひともお買い求めくださいね。
大塚明彦さんの偉大なる功績のひとつを手にすることが出来るんです。
時代劇「子連れ狼」の主人公に扮した落語家・笑福亭仁鶴師匠のセリフ
「3分間待つのだぞ」
は当時の流行語となりました。
ホームランの世界記録保持者だった、当時巨人の本塁打王・王貞治選手
が出演されてたこともありました。
大野克夫さんの「ミスターBON」を思い出す昭和世代のお父さん方も
多いのではないでしょうか?
ちなみに大野克夫さんは沢田研二さんの作曲をほとんど手がけておられます。
「時の過ぎゆくままに」、「勝手にしやがれ」、「ダーリング」…
テレビドラマの「太陽にほえろ!」、「傷だらけの天使」「寺内貫太郎一家」
のサウンド・トラックなども大野克夫さんです。
昭和の思い出話になると止まらなくなります。
話が逸れてゴメンナサイ。
ボンカレーのCMに戻しますと、
歌手の松本伊代さんも出演されてました。
昭和50年代後半です。
「脱・少年少女」のキャッチコピーだった「ファイブスター」
彼女の「だって、ラッキョウが転がるんですもの」
のセリフを覚えている方は、相当なマニアです。
松本伊代さんの
「センチメンタル・ジャーニー」や「ラブ・ミー・テンダー」
はレコード屋さんまで買いにいきましたし、
「伊代の大百科」だったかな…
こちらも本屋さんで購入した思い出があります。
実家に帰ればまだ置いているかも。
見つかればプレミアものですかね? (^O^)
すみません、つい懐かしさのあまり、思い出話で脱線してしまいます。
ボンカレーの父・大塚明彦さんの偉大なる功績はもちろん、
「ボンカレー」だけにどまりません。
「オロナミンC」や「ポカリスエット」、
「カロリーメイト」に「ソイジョイ」などの商品は、
いまだにサラリーマンがコンビニで買い求める姿を
よく見かけます。
大塚明彦さんの功績については、まだまだ話し足りないのですが、
長くなりすぎましたので。続きはまたの機会にでも。
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「オロナミンC」や「ポカリスエット」などのロングセラー商品を
販売している大塚ホールディングス(大塚HD)の会長さんです。
2014年11月28日。
77歳でした。
ご冥福を心からお祈り致します。
「ボンカレー」と言えば、レトルト食品の代表作です。
最高傑作と言っても過言ではないでしょう。 (^O^)
もともとはNASA(アメリカ航空宇宙食)がアポロ宇宙飛行士
の宇宙食のために研究していたレトルトパックにヒントを得て、
考案されたというのは有名なお話です。
昭和39年生まれの僕は、このボンカレーこそが生まれて初めて
自分で作ることのできた料理でした。
そういう意味では大塚明彦さんには本当にお世話になりました。
鍋にお湯を入れて沸騰させただけなので、
“料理”と呼ぶのもおこがましいですね。 σ(^_^;)
当時のこどもたちにとって、カレーライスは大人気。
小学校3年生だった僕は、このレトルトカレーをほおばりながら
ブラウン管テレビに映し出される大相撲中継に釘付けとなってました。
輪島の大ファン。北の湖が憎らしいくらい強かった時代。
ですからボンカレーと言えば、懐かしい昭和の古き良き時代を思い出します。
CMを振り返ってみましょう。
まずは女優の松山容子さんが真っ先に思い出されます。
といっても、彼女がドラマに主演しているところは見た記憶が
ありません。
出演しているのって、もしかしたらこのCMだけだったのでは
ないでしょうか?
(もちろん、そんなワケないでしょうが (≧∇≦))
この松山容子バージョン
パッケージにニッコリ微笑む彼女の写真を配したボンカレー。
実は、平成になって四半世紀以上経過した21世紀のいま現在、
普通に販売されているって、ご存知ですか?
沖縄限定販売らしいのですが、
国際通りや牧志公設市場の商店街では観光みやげとして
店頭に並んでいるのを見かけます。
ただし、こちらは観光客相手のお値段なので、やや割高です。
イオンなどのスーパーにはもう少し安く販売されてました。
大人買いするにはこちらがオススメです。 (^_^)v
沖縄土産としてはちんすこうやサーターアンダギーが定番中の定番
ですが、この沖縄限定販売のボンカレーを持ち帰りますと、大ウケ
します。
特に昭和世代の上司には評判がいいはずですよ。
ボーナス査定のポイントがアップするかも知れないですね。(^O^)
沖縄へ行かれた際にはぜひともお買い求めくださいね。
大塚明彦さんの偉大なる功績のひとつを手にすることが出来るんです。
時代劇「子連れ狼」の主人公に扮した落語家・笑福亭仁鶴師匠のセリフ
「3分間待つのだぞ」
は当時の流行語となりました。
ホームランの世界記録保持者だった、当時巨人の本塁打王・王貞治選手
が出演されてたこともありました。
大野克夫さんの「ミスターBON」を思い出す昭和世代のお父さん方も
多いのではないでしょうか?
ちなみに大野克夫さんは沢田研二さんの作曲をほとんど手がけておられます。
「時の過ぎゆくままに」、「勝手にしやがれ」、「ダーリング」…
テレビドラマの「太陽にほえろ!」、「傷だらけの天使」「寺内貫太郎一家」
のサウンド・トラックなども大野克夫さんです。
昭和の思い出話になると止まらなくなります。
話が逸れてゴメンナサイ。
ボンカレーのCMに戻しますと、
歌手の松本伊代さんも出演されてました。
昭和50年代後半です。
「脱・少年少女」のキャッチコピーだった「ファイブスター」
彼女の「だって、ラッキョウが転がるんですもの」
のセリフを覚えている方は、相当なマニアです。
松本伊代さんの
「センチメンタル・ジャーニー」や「ラブ・ミー・テンダー」
はレコード屋さんまで買いにいきましたし、
「伊代の大百科」だったかな…
こちらも本屋さんで購入した思い出があります。
実家に帰ればまだ置いているかも。
見つかればプレミアものですかね? (^O^)
すみません、つい懐かしさのあまり、思い出話で脱線してしまいます。
ボンカレーの父・大塚明彦さんの偉大なる功績はもちろん、
「ボンカレー」だけにどまりません。
「オロナミンC」や「ポカリスエット」、
「カロリーメイト」に「ソイジョイ」などの商品は、
いまだにサラリーマンがコンビニで買い求める姿を
よく見かけます。
大塚明彦さんの功績については、まだまだ話し足りないのですが、
長くなりすぎましたので。続きはまたの機会にでも。
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2014-12-01 12:08
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